伊号潜水艦

伊号潜水艦

水上機を搭載した潜水空母

伊号潜水艦

日本海軍は、早い時期から、偵察用の水上機を潜水艦に搭載する計画を立てて実験に取り組んでいました。伊5潜をはじめ、海大5型の伊65、66、67から兵装の改善が試みられ、零式小型水上偵察機を搭載する潜水艦が誕生しました。

1942年9月9日、伊25潜水艦が、アメリカオレゴン州ブランコ沖に隠密に潜航し、搭載していた零式小型水上偵察機を組み立てて発進させて、76キロ焼夷弾を山林に投下した出来事がありました。これは、当時唯一のアメリカ本土への爆撃だったと言われています。

潜水艦に水上機を搭載しての戦術の有効性を確信した日本海軍は、偵察機ではなく戦闘機を搭載した強大な潜水空母開発を発案することになったのです。

これにともなって潜水艦搭載用の戦闘機も開発され、特殊攻撃機「晴嵐」が誕生しました。

そして、全長122m、全幅12m、水上排水量2880トン、「晴嵐」3機を搭載する当時世界最大級、現在でも原子力潜水艦が誕生するまで世界最大の大きさを誇った伊400型潜水艦が誕生したのでした。

当初は18隻の建造予定でしたが、戦局の悪化とともに計画は縮小され、最終的に3隻が完成しました。

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